Gigs in Oct. 17

Traditional, Aggressive, Dynamic !!!

BLUES Guitar & Vocals TAD三浦の10月の演奏日程です。

時間等のお問い合わせはお店までお願いいたします。

ご都合のよろしい会場でShow Timeをお楽しみ下さい。

お待ちいたしております!

Live Schedule、詳しくはです。

http://www.geocities.jp/tadweb55/schedule.html

10/3 東京・江古田 EKODA CLUB

「w/Ruby Eiko

http://www.ekodaclub.com

http://SNS.jp/view_community.pl?id=450450

10/4 山形県東根市 勘鳥居

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://kantorii.jp

10/5 山形 オリハント

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://olifantbar.amsstudio.jp

10/6 山形 丸八 旅篭町立呑処

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://www.yatarazuke.com/hanare.html

10/7 山形 パルティア

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://www.ekiten.jp/shop_2557378

10/8 岩手県宮古市 カントリーズcafe

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://r.goope.jp/countriescafe

10/9 盛岡 CROSSROAD

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://crossroad3.exblog.jp

10/11 東京・四谷三丁目 BLUE HEAT

「Jam Session」

http://blueheat.jp

http://SNS.jp/view_community.pl?id=798830

10/12 福岡 Kenchan

「w/山善

http://www.bb-kenchan.com

10/13 福岡県久留米市 Crossroads Cafe

「TAD MIURA BLUES SHOW」

https://retty.me/area/PRE40/ARE136/SUB13601/100000897654

10/14 長崎 CrazyHorse

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://www.geocities.jp/crazy_horse2002jp

http://SNS.jp/view_community.pl?id=3247353

10/15 長崎県諫早市 ちょいわるおやじ

「TAD MIURA BLUES SHOW」

https://bar-a-bit-bad-old-man.jimdo.com

10/16 福岡 Kenchan

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://www.bb-kenchan.com

10/17 福岡 KID ROCK

「TAD MIURA BLUES SHOW」

https://r.gnavi.co.jp/aa5fht840000

10/18 大分県中津市 ちょいWARUうさぎ

「w/内野公二」

http://www.mapion.co.jp/phonebook/M01014/44203/24430185488

10/20 東京・東村山 JYUMIN

「TAD MIURA BLUES SHOW」

http://r.gnavi.co.jp/egw95vbt0000/

http://SNS.jp/view_community.pl?id=4371665

10/22 東京・高田馬場 diglight

「BLUES T.A.D. SHOW TIME」

http://www.diglight.co.jp

http://SNS.jp/view_community.pl?id=205

「 」内のタイトルは私の判断で記載しておりますので

主催者様、お店、共演者様 etc.の発表と異なる場合もございます。

随時更新いたします。

先日の出来事

入居者さんを居室まで送った際に

「そういえば変なことを聞くけど、貴方はおいくつでしたっけ?」

と、唐突に聞かれました。

『今月、3○歳になったばかりですよ』

「まあ、○7!?まあ〜そうなの〜、○7歳ねぇ」

『あ、でもオレは彼女がいるのでお見合いとかは出来ませんよ』

と、冗談で返したところ‥‥

「ええ!?そうなの!?あららら。じゃあ、どうしましょう」

──!?

え‥‥ちょっと待って、本当にそういう話の流れだったの!?

(ФωФ;)

‥‥いや、この人の年齢的に考えれば、娘さんだとオレより一回りくらい上だろうなぁ‥‥

待てよ、御孫さんなら多分年は近いかも‥‥

それに子供は割りと祖父母の面影が出ることが多いっていうし、御孫さんにこの人の面影が出ているのであれば、結構美人さんな気が‥‥

て、悩むとこはそこじゃない!

と、いうノリツッ込み

(ФωФ)ノ

まあ、こういうやり取りも数分もすればおそらく忘れてる。

また繰り返されるか、話題がガラリと変わるか。

──後者でした。

あ、ちなみにオレの彼女は容姿的に言えば、そこまで美人でも可愛いわけでもないです(爆死)

しかし、オレにとっては可愛いのだよ!

(*´ω`*)

と、どさくさ紛れにノロけをブッ込んでみたりする。

─ 完 ─

牛頭天王と蜘蛛と鳥の贈り物 元八王子

牛頭天王の好物は?】

?夏に行われる天王祭では、地域によってキュウリをお供えする風習も見られますが、牛頭天王は【キュウリ】が好物だそうです。

・その昔、牛頭天王が悪い神様から逃れるために、キュウリ畑の中に身を隠し難を逃れました。悪い神様はキュウリのトゲが嫌いだったのでしょう。

・八坂神社のご神紋の【五瓜に唐花紋】がキュウリの切り口の断面に似ているからという説もあり、八坂神社の氏子や祇園祭の山鉾町の人々は祇園祭の期間の七月はキュウリを食べないと言います。

?五瓜に唐花紋は祀神スサノオ牛頭天王を表す紋。

・八坂神社の五瓜紋をはじめとして、全国の祇園神社の多くや、久留米市の高良神社、津島市津嶋神社福山市吉備津神社福井県越前町劔神社などが紋(木瓜紋)を神紋としています。

織田信長の出た尾張戦国大名織田氏の「五葉木瓜(カ)」、越前の戦国大名朝倉氏の「 三つ盛横木瓜」、摂津池田の大名池田氏の「横木瓜」などが有名です。

私の家の家紋も織田家の家紋なので、牛頭天王スサノオの紋です。

八王子城を作った氏照の後北条氏の始祖:北条早雲(=伊勢宗瑞)と牛頭天王

早雲は、斎藤道三と並び立つ梟雄として、一介の素浪人から戦国大名にのし上がった下剋上の典型とする説が通説とされてきましたが、近年の研究では、室町幕府政所執事を務めた伊勢氏を出自とする考えが主流です。

・近年の研究では、早雲の父:伊勢盛定が8代将軍足利義政の申次衆として重要な位置にいた事も明らかになってきていて、早雲は盛定と京都伊勢氏当主で政所執事の伊勢貞国の娘との間に生まれ、決して身分の低い素浪人ではありません。

また、伊勢氏のうちで備中国に居住した支流で、盛定の所領の備中荏原荘(現:井原市)で生まれ、若い頃はここに居住したという説が有力です。

井原市神代町の高越城址には「北条早雲生誕の地」碑が建てられていて、備中からは大道寺氏、内藤氏、笠原氏など後北条氏の家臣が出ています。

彼の出身地の井原市備後国一宮:素盞嗚神社のある広島県福山市とは生活圏・経済圏が同じ地域で、彼が牛頭天王信仰をとり入れたので、武士階級に【牛頭天王信仰】が広まり出したそうです。

早雲は相模・伊豆を平定した人物として知られ、北条氏を自称し始めるのは、早雲の子の北条氏綱の時代からなので、北条早雲が存命中には伊勢宗瑞(そうずい:新九郎)と呼ばれていたと考えられます。

牛頭天王の八王子とは?】

?龍宮へ赴いた牛頭天王は、沙掲羅の三女の【頗梨采女】を娶り、8年をそこで過ごす間に七男一女の王子(八王子)をもうけたとされ、これを祀ったのが【八王子神社】です。

八王子は下記のように八方位の暦神に比定され、【八将神】ともいいます。

太歳神(木曜星・総光天王)大将軍(金曜星・魔王天王)太陰神(土曜星・倶魔羅天王)歳刑神(水曜星・得達神天王)歳破神(土曜星・良侍天王)歳殺神(火曜星・侍神相天王)黄幡神(羅光星・宅神相天王)豹尾神(計斗星・蛇毒気神天王)

中世には、その8人の子を眷属神(けんぞくしん:主神に従属する神々)とし、あらゆる人間の吉凶を司る方位の神として全国に広がっていったと言います。

?【八王子の効能】…牛頭天王祭文(信濃国分寺に伝承されたものから)

謹上す、…足の病は大良の王子腹の病は次良の王子喉の病は三良の王子胸の病は四良の王子手の病は五良の王子腰の病は六良の王子腿の病は七良の王子膝の病は八良の王子…に申し給う可し

神仏分離牛頭天王スサノオについて】

?仏教の守護神:【牛頭天王】は、「王政復古」「祭政一致」「国教:神道」を目指す明治新政府の【神仏分離】によって、権現類と並んで通達で名指しされ、天台宗の感神院祇園社は廃寺に追い込まれ、八坂神社に強制的に改組され、全国の【牛頭天王を祀る祇園社&天王社】は、神道系の【スサノオノミコト須佐之男命・素戔鳴尊)】を祭神とする神社として強制的に再編されました。

また、【織田信長】は延暦寺を焼き討ちする位仏教を憎んでいたのですが、牛頭天王はお気に入りで、信長の時代、スサノオを祀っていた寺社は、生き延びるため、スサノオ牛頭天王と呼び変えた寺社がかなり多く、実は古来からの祭神ではなかったと故意に主張されたそうです。

?また、明治の神仏分離の際、上記の八王子は、牛頭天王と習合していたスサノオ天照大神との誓約(うけい)で化生した以下の五男三女神に変えられました。

正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ:天忍穂耳命)天之菩卑能命アメノホヒ天穂日命/天菩日命)天津日子根命アマツヒコネ天津彦根命活津日子根命イクツヒコネ:活津彦根命)熊野久須毘命クマノクスビ:熊野樟日命)多紀理毘売命タキリビメ田心姫命(タゴリヒメ)奥津島比売命(オキツシマヒメ))市寸島比売命イチキシマヒメ[別名]狭依毘売命(サヨリビメ)[同義]弁財天)多岐都比売命タキツヒメ:湍津姫)

?私が図書館カフェを始めた2009年に、12年に一度【丑年】に開帳されていた飯能市天台宗神仏習合の寺で、牛頭天王が祀られている【竹寺】(たけでら:正式名称:医王山薬寿院 八王寺)へ行った時に、私は初めて【牛頭天王】の存在を知りました。お客様に誘われて、たまたま行ったので、竹寺のことも全然知りませんでした。

その時にお寺の方に伺ったのが、「牛頭天王は江戸時代には人気の神様だった」そうで、「あちこちのたくさんの神社で祀られていた」そうですが、牛頭天王の天王は「天皇」と同じ読み方「てんのう」なので、真の統治者を【天皇】にする【明治新政府】にとって、庶民に人気のある牛頭天王(てんのう)が天皇の他に存在するのは不都合なため、【神仏分離】で神様名を強制的に【スサノオ】に変えられたそうですが、竹寺は山奥にあったため、その通達が届かず、現在まで、【牛頭天王】が残ったそうです。

また、竹寺には「太田道灌」が植えたといわれる”高野槙コウヤマキ)”も茂っています。

?竹寺のように、【廃仏毀釈】を乗り越えて、現在でも牛頭天王を祀る寺院は下記のように、少数ですが、存続しています。

金剛山最勝院(青森県弘前市)、常呂本覚寺(自性院)(東京都大田区)、牛頭山妙法寺(神奈川県横浜市磯子区杉田)、曽谷山礼林寺(千葉県市川市)、蓬莱山清荒神清澄寺兵庫県宝塚市)、地蔵庵浄光寺(愛媛県西条市)、摩盧山焼山寺徳島県名西郡)、医王山木山寺(岡山県真庭市)、上寺山余慶寺(岡山県瀬戸内市)…

太田道灌徳川家康牛頭天王大山咋神

?【品川神社

文明十年(1478年)に江戸城を築城した太田道灌が「素戔嗚尊(牛頭天王神)」を祀りました。

慶長五年(1600年)、徳川家康関ヶ原の戦いへ出陣の祭に品川神社を参拝して戦勝祈願し、その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納しました。

天正19年(1591年)には徳川家康から5石の社領の朱印を受け、徳川家の尊崇する特別な神社として社紋も徳川家の家紋の「丸に三つ葉葵」と定め、「御修復所(神社の建物の再建・修復などは全て江戸幕府が賄う)」として徳川家の厚い庇護を受けました。

?【日枝神社】…主祭神大山咋神(おほやまくひのかみ)

文明10年(1478年)、太田道灌江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請しました。

徳川家康が江戸に移封された時、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守としました。

太田道灌氷川神社(牛頭天王でないスサノオ〈出雲〉)を熱心に江戸城より西側に創建しています。

東京都と埼玉県だけで200社位あるらしく、総本社は【大宮の氷川神社】です。

伊勢盛時(後の北条早雲)が仲介に入った今川氏の家督争いの時に、道灌と早雲が会談したそうです。

道灌は主君の扇谷上杉家に暗殺され、道灌の部下達は山内家へ走り、翌1487年上杉家の山内家と扇谷家は決裂し、長享の乱と呼ばれる歴年にわたる抗争を繰り広げることになりましたが、やがて伊勢宗瑞(早雲)が関東に進出して、後北条氏が台頭し、早雲の孫の氏康によって扇谷家は滅ぼされ、山内家も関東を追われることになり、上杉の家系は駆逐されました。

八王子城豊臣秀吉小田原征伐によって落城すると、この地方は後北条氏の旧領全域とともに徳川家康が転封されました。

交通の要衝であるため、江戸を甲州口から守るための軍事拠点としての役割も担いました。

徳川家康が武田家の遺臣を召し抱えて組織した八王子千人同心の根拠地となったのはそのためです。

道灌⇒早雲⇒後北条氏⇒家康と見事につながっていますね♪

また、品川神社日枝神社江戸城も、道灌⇒家康と見事につながっています♪

★【4】【私と牛頭天王の縁について】

?私は1961年生まれの【丑年】生まれです。

?私が18歳位まで、実家では【肉牛】を飼っていました。私の祖父は肉牛の品評会で日本一になったこともあります。

?私の家の家紋は、【牛頭天王】を信仰していた織田家と同じ【木瓜紋】です。

?私の出身地の愛媛県西条市にも牛頭天王を祀っている地蔵庵浄光寺残っていました。

?私の母の妹が八王子に嫁ぎました。

?大学時代、八坂神社と祇園祭によく行きました。

?東京都荒川区日暮里地区には道灌山の近くに5年程住んでいました。

?目黒区の八雲氷川神社の近くに5年間住んでいました。

?【品川神社】と【日枝神社】には8回以上参拝しています。

?偶然、導かれるように2009年の丑年、牛頭天王開帳の時の竹寺に行きました。

?太田道灌が亡くなった所(伊勢原市)を大山に登山する途中によく通ります。

?徳川家康が祀られている日光東照宮へよく行っています。

?小田原城にも何度か行っています。

?自宅のそばの参宮橋に【津島神社】があります。

下山する時は、ずっと【アオゲラ?】が空を自由に旋回しながら、私の下山につきあってくれました。

人間にとって鳥は、空を自由に飛ぶことのできる憧れの生き物であり、また、鳥を『神の使い』とみなしたり、死者の霊魂が鳥に乗って、冥界に自由に移動できると考えられています。

下山の時は、信長の顔も秀吉の顔も浮かんできませんでした。

また、アオゲラの旋回のおかげで、いろんな怨念がきれいに無くなったように感じました。

鳥の旋回を見ている時に思い出したのが、イエスの言葉…

「空の鳥を見るがよい。蒔くことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。それなのに、あなた方の天の父は彼らを養っていて下さる。あなた方は彼らよりも、遙かに優れた者ではないか(マタイ6:26-6:27)」

鳥のように過去や未来のことを考えず、今ここに生き、自由に飛び回って生きよう!

朝の蜘蛛といい、この鳥といい、本当にありがたいことです。

下山した後、途中の農家さんが牛頭天王の好物のキュウリを売っていたので、買って帰りました。

ということで、登山は【牛頭天王】様だらけでした。

また、マージャンで言えば、2−5−8の筋の日でした!(両部=2、牛頭=八坂神社の五瓜紋=5、八坂神社=八王子(城)=八将神=八幡=八拍手=八朔=8)

「神の使い」の【朝の蜘蛛】は、待ち人(珍しいお客さん・喜び事)が来るというメッセージなのですが、その通りでした。下山後の数日は3〜4年ぶりに出会う方が続きました。

久しぶりの出会いで嬉しく、楽しい日々でした。

イラスト

今回、僕らのネット配信番組『いっち☆ご〜の月曜の夜にごめんなさい(仮)』では初のゲスト、田村桂子さんをお迎えして『イラストdeしりとり』で楽しみました♪

 

黒の僕→赤の田村さん→青の市川の順番で画面左上から下にしりとってます。

何の絵か分かりますか?

ちなみに、しりとりは成功(成立)してません(笑)

 

そして、エキシビジョンで『ミッキー』を何も見ずに描くことになりました♪

…なんか、ちゃんと描けたはずの僕だけ損した感じになりましたとさ(笑)